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第3回 −守り守られるもの−
文/山本 明美

 幼い頃、家の前には祖父の大工小屋があって、祖父と大工の二人がよく作業をしていました。真っ黒なトタンの壁に大きな引き戸。引き戸が閉まった大工小屋は、真っ暗で怖い。でも、大戸が開くと、途端に光が差し込み、私にとって、安心できる居心地のよい場所となりました。もくもくと仕事をする祖父のそばで、木のかけらやカンナくずで遊んだり、ペンキでいたずらしたり、隅っこに基地を作ったり・・・。黒いトタンの釘穴から、映写機みたいに差し込んでくる太陽の光を、夢の中のことのように覚えています。暇でも忙しくもない、守られた幸せな時間を過ごしていました。

 社会人になった私は、仕事に遊びに忙しく、大工小屋も、やさしかった祖父のことも忘れていきました。結婚し、育休をとりながらも共働きの忙しい毎日を送りました。

 仕事も育児も家庭も、とにかく「新しいもの」を求める生活でした。パソコン、携帯電話、車、家電、ゲーム、おもちゃ・・・。新しい情報がどんどん入ってきて、手に入れるために働いているような生活。

 そして3人目の子を出産し、さらに多忙となった30代、私は大病を患い、まさしくどん底に落ちました。「この子に母の記憶が残るまで」どうか生きさせてください、と神様に祈りました。逃げることのできない病気の不安は、ただ時間が経つことだけが救いでした。

 絶対無理だと思っていた40代になり、上の子たちは私の背を越しました。赤ん坊だった子も、今や私の性格から行動まで理解しているようです。母として生きられたことに、本当に感謝しています。

 築87年の古民家で店を始めて1年。今は、石窯に薪を焚き、パンを焼く毎日を送っています。まだまだ未熟だけど、少しずつ前に進んでいます。

 「懐かしい」「落ち着く」「おばあちゃんちに来たみたい」とたくさんの声を聞かせてもらいます。私もこの家が大好きです。どんな辛い年月も、包み込んでくれるように、87年の家は、どっしりと佇んでいます。

 毎朝、「今日も使わせてください」とお願いし、元気に働くという、幸せな時間を過ごさせてもらっています。


ライターノーツ/石窯パン・和みカフェ ゆるり 山本 明美
山本さんには2011年度第1回むらきおcafe写真展会場としてお世話になりました。(お父さんをはじめ家族の方々にお世話になりました)写真展の様子はまた後ほど報告致します。

ゆるり日記



撮影:松原 豊

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おかげさまで完売となりました。
ありがとうございました!

Web連載 「私のむらきお」

 「私のむらきお」 とは 「むらきお」 という言葉から思い起こす記憶の断片ををいろいろな方々に文章にしていただいたものに松原が撮影した 「村の記憶」 の写真を添えてお届けする連載ページ。文章と写真がコラボレートして様々な 「むらきお」 が生まれて欲しい、という思いからはじめています。(「むらきお」とは「村の記憶」を略した言葉です。ひらがなで書くと柔らかい感じになるので事務所で名付けました)

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